「格差」と「不平等」
苅谷剛彦が多くの社会学者や経済学者と「格差社会」を題材とした共同研究に取り組んだとき、「格差」を英訳するにあたって「inequality」と訳したそうだ。つまり、「不平等」である。
一方、一昨年、国会で「格差はあって当たり前」という発言があって話題になったことがあった。はてさて、この国会議員は「不平等はあって当たり前」と国会の場で言えるだろうか。
このことは、政治家が「格差」を努力の結果としてできあがった生活レベルの差異と捉えいているのに対して、マスコミや世論、そして「格差社会」を問題視する研究者は、「格差」を「不平等」の問題として捉えているという現状をよくあらわしているように思う。
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