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多忙と多忙感

多忙と多忙感とは異なる。

多忙でも多忙感を抱かない人もいるし、多忙でなくても多忙感を抱く人もいる。だからといって、あなたは忙しいのだからもっと多忙感を抱いては?というのは余計なお世話だし、あなたは「忙しい忙しい」と言っているけどたいして忙しくないでしょ!などというと喧嘩になる。

最近よく、考えることがある。みんな教師が忙しくなった忙しくなったというけれど、いったい何がどう忙しくなったのだろうか。

例えば、会議が増えたという。しかし、ぼくが新卒の頃も現在も、会議は学年会・校務部会・職員会議の三つが基本だ。その他に「運営委員会」とか「教育課程委員会」とか「学びの支援委員会」とか「学校保健委員会」とか「学年主任会」とかあるにはあるが、それは主任クラスが出る会議であって、全員が出なければならない会議ではない。すべて80年代だって90年代だって、存在した会議である。

例えば、文書提出が増えたという。確かに教務主任や生徒指導主事、校長・教頭が提出しなければならない文書は明らかに増えている。しかし、一般の教員が提出しなければならない文書なんてほとんど増えていない。なのに、「忙しい」と言っているのが教務や生指でも教頭でもなく、一般の平教員であるのはどういうわけか。

例えば、6時間授業が増えて放課後に余裕がなくなったという。しかし、70年代までは毎日6時間授業ばかりのうえに土曜日まで4時間の授業があったわけで、なのに当時の教員がそれほど多忙感に見舞われていたという話を聞かないのはなぜだろうか。

例えば、部活があって土日がないという。しかし、これも、言うまでもなく、いまに始まったことではない。

このように一つ一つつぶしていくと、実は教員は忙しくないということがわかってくる。教員は決して「多忙」ではないのだ。おそらく変化したのは「多忙感」のほうである。

全国学力・学習状況調査の結果が目の前の子どもたちに学力を保障せよと迫ってくる。しかも、学習指導要領が「英語教育」「国語教育」「理数教育」「健康の増進」と次々に学力向上路線を強いてくる。おまけに、「主催者教育」「法教育」「食育」「消費者教育」など、時代に合致した教育を求められる。教員評価制度が個々の教員を相対評価してくる。教育行政が免許更新制なんて排除の論理をかざす。家庭の事情で仕事を持ち帰ろうとしても、PCやメモリースティックが盗難に遭い、個人情報が流出したというニュースが気にかかる。いじめが起きれば、滝川や福岡の事例が思い浮かび、腰の引けた対応で落としどころを決める。反抗してくる子どもの後ろにいる保護者の顔が浮かび、子どもを成長させることよりも、保護者からのクレームが来ないことを基準に対応を決める。そのうちに給与カットで「こんな苦労するほど給料もらってないよ」という愚痴も出る……。

こうした様々なプレッシャーが、かかった時間と労力以上の「多忙感」を抱かせるのだ。

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コメント

初めてコメントいたします。
東京で中学校国語科教員を22年!やっているゴウダアツオと申します。
東京で石川晋先生のNWの講座を拝見して、また、著作も拝見し、ブログも定期的に読んでいます。
今回の記事は「すとん」と落ちました。
多忙と多忙感。
その通りです。
でも、ようやく最近、多忙感も含めて、少しは楽しめるようになってきました。「楽」して、「楽しむ」。何年か前に法会していて、保育園児だった息子がよく歌っていた「かいけつゾロリ」主題歌「まじめにふまじめ」が今の目標です。
こんな力の抜き方が必要になってきたのでしょうか?楽しく多忙感と付き合う教師のつぶやきでした。

投稿: 合田淳郎 | 2009年1月27日 (火) 22時01分

コメントありがとうございます。そうですか。石川晋の講座を受けましたか。彼の講座は「思想」を前面に出してこないので、そのまま間に受けると怖い講座だと感じています。合田さんはどのような感想をお持ちになりましたか?
「多忙」と「多忙感」の関係については、今回の記事には書きませんでしたが、職員室の人間関係と学年や分掌のチームがどの程度機能しているかということが大きく影響すると感じています。合田さんのように「楽」して「楽しむ」ことができるかどうかも、そこにかかっているように思っています。

投稿: 堀裕嗣 | 2009年1月27日 (火) 23時30分

お忙しい中(多忙感の中?)お答え頂きありがとうございました。
石川先生のみならず、講座内容をそのままマネ(追試とまでいかなくとも)することの危険性は最近、感じています。(同内容のことを、夏に土作先生とお話しました。)
私は道徳教育改革集団の本部に席をおいている者ですが、「多様性の原則」がなければ、加盟していません。深澤久先生の理論(哲学)は素晴らしいですが、中学校教員の私には出来ない部分が多すぎます。それでも、真摯にかつ、実践を楽しまれている姿が私にとっては素晴らしいのです。
石川先生についても同様です。

さて、先生の「職員室の人間関係と学年や分掌のチームがどの程度機能しているかということが大きく影響すると感じています。」
という部分、同感です。
これは、おそらく中学校教員だから感じ視点です。
我々は「チーム」なのですよね。
そこがやっかいで、おもしろいのです。
今の職場では、チームが機能しているので楽しいのです。ただ、現状で満足ではありません。
もっと機能させるべく、「平」教師があれこれ行動するのも楽しくなってきました。
雑ぱくな意見で申し訳ありません。

投稿: 合田淳郎 | 2009年1月28日 (水) 22時15分

合田先生のおっしゃること、すべて同感です。2,3年以内くらいにはお会いできそうな予感がします(笑)。

投稿: 堀裕嗣 | 2009年1月28日 (水) 22時22分

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